世界が揺れても円は買われない 世界の動きが映る、今の為替の読み方
最近の円相場を見ていると、「なぜこれほど円が弱い状態が続いているのだろう」と感じる方も多いのではないでしょうか。
少し前まで、円安の説明といえば「日本とアメリカの金利差」が中心でした。
アメリカの金利が高いので、円を持つよりドルを持った方が有利になる。
そのため円を売ってドルを買う人が増え、円安になる、という説明です。
この説明は、今でも間違っていません。
ただ、現在の円相場は、それだけでは説明しにくくなっています。
今の円安には、アメリカの金利だけでなく、原油価格、中東情勢、ヨーロッパの財政不安、日本の財政への見方、そして世界の中でのドルの立場まで、いくつもの要素が重なっています。
円相場を読むための地図そのものを、少し描き直した方がよい時期に来ているのかもしれません。
150円台後半の円安は、このまま続くのでしょうか
10月上旬の時点で、ドル円は1ドル=157円台で取引されています。
今年の夏には一時163円台まで円安が進みましたので、そこから見れば少し戻ったとも言えますが、それでもかなりの円安水準です。
一方で、市場では年末から来年にかけて、150円台前半へ緩やかに円高が進むのではないか、という見方もあります。
「今これほど円安なのに、本当にそこまで戻るのだろうか」と感じる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、これはそれほど矛盾した話ではありません。
157円から152円前後への動きであれば、円が3%ほど上昇すれば届く範囲です。
為替の世界では、数か月のうちにその程度動くことは珍しくありません。
実際、今年の9月上旬には、わずか1週間ほどで160円近辺から153円台まで円高が進む場面もありました。
大切なのは、「円高になるか、円安になるか」を一つの理由だけで決めつけないことです。
今の円相場には、円を安くする力と高くする力が同時に働いています。
その綱引きの結果として今の水準がある、と考えた方が分かりやすいと思います。
今の円安を考えるうえで、原油はかなり重要です
私は、現在の円相場を見るうえで、原油価格をかなり重要な材料と考えています。
中東では、イエメンの武装勢力によるサウジアラビアへの攻撃や、ペルシャ湾での船舶への攻撃が伝えられ、9月下旬にはアメリカの代表的な原油価格(WTI)が1バレル=100ドル前後まで上がる場面がありました。
その後は少し落ち着いているものの、依然として高めの水準にあります。
ここで大切なのは、原油高がアメリカと日本に同じ影響を与えるわけではない、ということです。
むしろ、正反対の影響を与える面があります。
アメリカは、世界最大級の石油・天然ガスの生産国です。
エネルギー価格が上がれば、ガソリン代や物価の上昇という悪い影響はあります。
しかしその一方で、石油や天然ガスを海外に売る企業の収入は増えます。
国全体として見れば、エネルギーを自前で持っていること自体が大きな強みです。
一方の日本は、石油や天然ガスの多くを海外から買わなければなりません。
しかも、その支払いには多くの場合ドルが必要です。
原油が高くなれば、日本の企業はこれまで以上に多くのドルを用意しなければなりません。
原油価格が上がる
↓
日本の輸入代金が増える
↓
支払いのためにドルが必要になる
↓
円を売ってドルを買う
という流れが生まれます。
ここが、今の円安を考えるうえでの大きな鍵だと思います。
「投資家が円を売る」のとは、少し性格が違います
為替市場では、投資家の動きがよく注目されます。
「アメリカの金利が高いからドルを買おう」「これ以上の円安は危ないから円を買い戻そう」といった取引です。
しかし、原油の輸入代金を払うためのドル買いは、これとは性格が違います。
日本の企業は、「今は円が安すぎるから、ドルを買うのはやめておこう」というわけにはいきません。
工場を動かすにも、電気をつくるにも、物を運ぶにも燃料が必要です。
つまり、生活や産業に欠かせないからドルを買うのです。
これは値上がりを狙った取引ではなく、実際の経済活動から生まれるドルの需要です。
そのため、円がかなり安くなったように見えても、経済そのものから円売りが出てきます。
円がなかなか強くならない理由の一つは、ここにあると考えています。
中小企業の経営者の方であれば、仕入れ価格や電気代、運送費の値上がりという形で、この動きを肌で感じておられるのではないでしょうか。
昔なら「世界が不安になれば円高」でした
少し前まで、世界で大きな問題が起こると、円が買われることがよくありました。
戦争や金融危機が起きると、投資家が危険を避けるために円を買う。
そのため円は「安全な通貨」と呼ばれることもありました。
しかし最近は、この関係が以前ほど単純ではありません。
たとえば中東情勢が悪化したとします。
すると原油価格が上がり、日本の輸入代金が増え、ドルを買って円を売る動きが強まります。
「世界が不安になれば円が買われる」という昔ながらの動きがあったとしても、それと反対向きの「原油高による円売り」が同時に働くのです。
昔と同じ感覚で、「戦争や危機が起きれば円高になる」とは言い切れなくなっています。
さらに厄介なのが、ドルそのものの強さです
現在の円相場には、もう一つ大きな特徴があります。
それは、「円が弱いだけでなく、ドルも強い」ということです。
普通であれば、アメリカの景気が悪くなると中央銀行は金利を下げやすくなり、ドルの魅力は弱まります。
ところが今は、それだけでは説明がつきません。
ヨーロッパでは財政への不安が強まっています。
中東情勢も不安定です。世界各地で政治的な緊張も続いています。
このようなとき、世界のお金はドルに集まりやすくなります。
ドルは金利が比較的高いだけでなく、世界で最も広く使われている通貨でもあるからです。
問題が起きたときに「とりあえずドルを持っておこう」という動きが起こりやすいのです。
さらに、アメリカの中央銀行(FRB)は9月、物価上昇が根強いことを理由に、約3年ぶりとなる利上げに踏み切りました。
政策金利は3.75~4.00%となり、年内にもう一度の利上げを示唆しています。
つまり、「円が弱い」ことに加えて「ドルが強い」という二つの力が、同時に働いているのです。
ヨーロッパの問題も、日本の円相場につながっています
一見すると、フランスの財政問題やヨーロッパの政治不安は、日本円とは関係がないように思えます。
しかし為替の世界では、世界の出来事は思いのほかつながっています。
実際、10月1日にはフランスの10年物国債の利回りが2002年以来の高さまで上昇しました。
国債の利回りが上がるということは、その国の国債が売られている、つまり財政への信頼が揺らいでいるということです。
ヨーロッパの不安
↓
ユーロが売られる
↓
その資金の一部がドルに向かう
↓
円に対してもドルが強くなる
一方、日本では「中東の緊張→原油高→輸入代金の増加→円売り・ドル買い」という流れがあります。
まったく違う出来事のように見えても、最後にはどちらも「ドル買い」につながることがあります。
今のドルの強さは、アメリカだけを見ていても分かりません。
日本の弱点とヨーロッパの弱点が、結果としてドルを押し上げている面があるのです。
あわせて、日本の財政への見方も円相場に影響しています。
政府が積極的な財政政策を進めるなか、財政の悪化を意識した円売りが出ているという指摘も、市場では聞かれます。
では、年末に向けて円高へ戻る可能性はあるのでしょうか
私は、十分にあると思います。ただし、いくつかの条件が重なる必要があります。
まず、アメリカの景気です。
雇用や住宅、個人消費などが弱まれば、FRBがさらに利上げをする必要性は下がります。
先々の利下げが意識されるようになれば、ドルを持つ魅力は少し薄れます。
これは円高の材料です。
次に、日本銀行の金融政策です。
日銀は9月、政策金利を1.25%程度へ引き上げました。
1995年以来の水準です。日本の金利が少しずつ上がれば、これまで非常に大きかった日米の金利差が縮まり、円高方向に働きます。
さらに、為替介入への警戒です。
今年7月末、1ドル=163円台まで円安が進んだところで、日米の通貨当局がそろって円買い介入に踏み切ったと伝えられています。
介入の直後、円相場は数日で7円ほど円高に動きました。
こうした経験があるため、再び160円に近づけば、市場は介入を強く意識するでしょう。
これも円安の勢いを抑える力になります。
これらが重なれば、150円台前半への円高は十分に考えられる範囲だと思います。
ただし、日銀が利上げすれば必ず円高、というわけではありません
ここは注意したいところです。
よく「日本銀行が利上げをすれば円高になる」と言われます。
方向としては間違っていません。
しかし為替は、日本だけで決まるものではありません。
日本が少し金利を上げても、アメリカの金利がそれ以上に上がったり、高いままだったりすれば、日米の金利差はなかなか縮まりません。
実際、9月は日米がそろって利上げをしました。
ですから大切なのは、「日本の金利が上がること」だけではなく、「アメリカの金利が下がること」もあわせて起きるかどうかです。
アメリカの長期金利が高いままなら、ドルを持つ魅力はそれほど失われず、円高は思ったほど進まないかもしれません。
今後の為替を見るときは、日銀の発表だけでなく、アメリカの国債の金利にも目を向けておくことが大切だと思います。
私が特に注目しているのは、やはり原油です
もし中東情勢が落ち着き、原油価格が少しずつ下がっていけば、日本にはいくつもの良い影響があります。
輸入代金が減り、企業がエネルギーを買うために必要なドルも減ります。
電気代やガソリン代の値上がりも和らぎ、企業の利益にも家計にも追い風になります。
そして、円を売ってドルを買わなければならない量が減っていけば、円は今より上昇しやすくなります。
反対に、中東情勢がさらに悪化し、原油価格が大きく上がると、状況はかなり厳しくなります。
日本の輸入代金が増えて円売りが増えるだけでなく、アメリカでもエネルギー価格の上昇で物価が押し上げられます。
そうなれば、FRBは金利を下げるどころか、利上げをさらに続ける可能性もあります。
原油高とアメリカの高金利が同時にドル高・円安の方向へ働く。
これは日本にとって、かなり厳しい組み合わせです。
その場合には、再び160円台が意識されても不思議ではありません。
ただし「原油高なら必ず円安」というわけでもありません
ここも、単純に考えすぎない方がよいと思います。
日本はエネルギーを大量に輸入していますので、原油高が円安の材料になりやすいのは確かです。
しかし、日本は海外に多くの資産も持っています。
海外の株式や債券、現地の子会社などから、日本の企業や投資家には多くの利子や配当が入ってきます。
企業が海外で稼いだお金を日本に戻すこともあります。
生命保険会社や年金基金などの大きな投資家が、為替の変動に備えるための取引を行うこともあります。
ですから、「原油が上がったから円安になる」と機械的に考えるのも危険です。
あくまで、いくつもある力の一つとして見る必要があります。
今後の円相場は、三つの展開で考えると分かりやすいです
将来の為替レートを一点で当てるのは、専門家でも難しいものです。
ですから私は、「1ドル何円になる」と決めつけるより、いくつかの展開を想定しておく方がよいと考えています。
一つ目は、比較的落ち着いた展開です。
中東情勢が少しずつ落ち着き、原油価格も下がる。
アメリカの景気は緩やかに弱まり、FRBの利上げも打ち止めが見えてくる。
日銀は利上げを続ける。
こうなれば、円は150円台前半へゆっくり戻る可能性があります。
今のところ、これが比較的考えやすい展開ではないかと思います。
二つ目は、再び円安が進む展開です。
中東情勢が悪化して原油価格が大きく上がり、アメリカの物価上昇が止まらず、FRBが利上げを重ねていく。
こうなれば、再び160円台をうかがう動きもありえます。
ただし、その水準では介入への警戒が一段と強まるため、一直線に円安が進むとは限りません。
三つ目は、予想以上に円高が進む展開です。アメリカの景気が想定以上に悪化して金利が大きく下がり、原油価格も下落する。
同時に日銀は少しずつ金利を上げていく。
この条件が重なれば、150円台前半を超えて円高が進む可能性もあります。
ただ、現時点で大幅な円高を前提にするのは、少し早いと考えています。
「景気が悪くなれば円高」という常識も、通用しない可能性があります
これから少し注意したいのが、アメリカの景気と国債の金利の関係です。
普通は、アメリカの景気が悪くなれば金利は下がり、ドル安・円高になりやすくなります。
しかしアメリカでは、財政赤字や政府の借金の膨らみに対する不安もあります。
もし景気が悪くなっているのに、投資家が「アメリカの国債を持つなら、もっと高い金利がほしい」と考えるようになれば、国債の金利は思ったほど下がらないかもしれません。
そうなると、「景気悪化→金利低下→ドル安→円高」というこれまでの分かりやすい流れが弱まります。
今の世界経済では、過去の教科書どおりに動かない場面が増えているように思います。
資源を持つ国と、資源を買う国の違い
今回の円安を少し広い視点で見ると、「資源を持っている国の強さ」についても考えさせられます。
アメリカは、世界で最も重要な通貨であるドルを持ち、石油も天然ガスも、巨大な金融市場も持っています。
世界で問題が起きれば資金が集まりやすく、エネルギー価格が上がれば資源の輸出国として利益を受ける面もあります。
もちろん、アメリカにも弱点はあります。
エネルギー価格の上昇は物価を押し上げますし、高い金利は住宅市場や企業活動を苦しくします。
財政の問題もあります。
それでも、日本と比べれば打てる手の多い国です。
一方の日本は、エネルギーの多くを海外に頼っています。
そのため、世界で地政学的な問題が起きると、「資源価格の上昇」と「円安」が同時に起きることがあります。
原油そのものが値上がりし、さらに円安で輸入価格が上がる。
いわば二重の値上がりです。
これは日本経済が抱える構造的な弱点の一つだと思います。
だからといって「円はもう強くならない」わけではありません
ここまで読むと、「日本は資源が少ないのだから、これからずっと円安なのではないか」と思われるかもしれません。
私は、そうは考えていません。
為替は一つの国だけで決まるものではないからです。
アメリカの景気が悪くなればドルが下がることがあります。
アメリカの金利が下がれば、日米の金利差は縮まります。
日本の金利が上がれば、円を持つ魅力は少し高まります。
原油が下がれば、日本から出ていくお金も減ります。
世界情勢が変われば、お金の流れも変わります。
ですから、「長い目で見れば円安になりやすい力がある」ということと、「途中で円高になる局面がある」ということは、同時に成り立ちます。
ここは分けて考える必要があります。
「円安が完全に定着した」と見るのは早いと思います
現在の150円台後半という水準を見ると、「もうこのくらいの円安が普通なのではないか」と思いたくなるかもしれません。
しかし私は、そう決めつけるのは早いと考えています。
円高へ向かう材料も、少しずつ出てきています。
日銀の利上げは続いています。
為替介入という実際の経験もあります。
アメリカの景気や金融政策も、いつまでも同じとは限りません。
その一方で、それらを押し返しているのが、原油高や地政学的な緊張、そしてドルそのものの強さです。
言い換えれば、円高へ進もうとする力はある。
しかし、その前に強い向かい風が吹いている。
今のドル円は、そのような状態に見えます。
これから円相場を見るときに、何を見ればよいのでしょうか
円相場を見るときは、「日銀が利上げするかどうか」だけを見ない方がよいと思います。
少なくとも、原油価格、アメリカの長期金利、日銀の政策。この三つは一緒に見た方が分かりやすいでしょう。
さらに余裕があれば、ヨーロッパの財政問題や中東情勢にも目を向けておきたいところです。
世界で戦争や政治的な緊張が起きると、原油が上がり、日本の輸入代金が増え、円が売られる。
その一方で、世界のお金が安心を求めてドルへ向かう。
今は、地政学と為替がかなり直接的につながっています。
これは以前より強く意識しておいた方がよい変化だと思います。
おわりに
今の円安を理解するうえで一番大切なのは、「日米の金利差だけを見る時代ではなくなってきた」ということだと思います。
もちろん金利は重要です。
しかし、それだけではありません。
原油価格、中東情勢、日本の貿易、ヨーロッパの財政不安、日本の財政への見方、アメリカの国債の金利。
そして、何か問題が起きたときにドルへお金が集まりやすいという、ドルそのものの強さ。
これらが重なった結果として、今の円相場があります。
年末から来年にかけて、150円台前半へ円高が進む可能性は十分にあると思います。
ただ、それを当然の未来と考えるのも危険です。
原油価格が下がり、アメリカの金利も下がる。
日本の金利は少しずつ上がる。
中東情勢も落ち着く。
こうした条件が重なれば、円は上がりやすくなります。
反対に、原油価格が再び大きく上がり、アメリカの利上げが続けば、円安が長引く可能性があります。
大切なのは、「1ドル何円になるか」を当てることではありません。
なぜ円が動いているのか。
どの条件が変われば流れが変わるのか。
そこを考えることだと思います。
エネルギーを持つ国と持たない国。
世界が不安になったときに選ばれる通貨。
戦争と資源価格。
国の財政への信頼。
そうした世界経済の大きな流れが、毎日の為替レートの中に表れています。
円相場を見ることは、世界で今何が起きているのかを見ることでもあります。
そう考えると、「今日は1円上がった、下がった」という数字の向こう側に、これまでとは少し違った景色が見えてくるのではないでしょうか。
※本記事の数値は2026年10月上旬時点の情報にもとづいています。
為替の見通しは筆者の考えであり、特定の取引をおすすめするものではありません。






